最終更新日 2025年7月24日 by anagra

北海道の寒風が吹き荒れる日高の牧場で、私は初めて馬の「走る」という行為の本質を考えるようになった。
競走馬は単に「速く走る」だけの存在ではない。
その一頭一頭に、生まれてから今日に至るまでの「走る背景」がある。
これは数値化できるラップタイムや血統表の先にある、もう一つの競馬の真実だ。

私が生産牧場の助手として過ごした10年間と、その後のライター人生20年で見てきた現場には、常に「走る」ことの本質が問われる瞬間があった。
トレーニングセンター(以下、トレセン)に送り出した若駒が、どのように変化し、どう走るようになるのか。
その過程には、生産と育成の思想があり、調教師の哲学が映し出される。
だからこそ競馬は奥深く、予想は単なる的中率ではなく「洞察」の領域になり得るのだ。

本稿では、馬が「走る」という行為の背後にある、牧場とトレセンの交錯する視点から、競走馬の本質に迫ってみたい。

生産牧場から見る”走り”の起点

馬が競走馬として走るためには、生産牧場での基礎づくりが何よりも重要になる。
この過程なくして、トレセンでの洗練された調教は存在し得ない。
生産牧場では、馬の将来を左右する重要な「走りの起点」が形成されるからこそ、この段階を理解することが競馬予想の深みにつながる。
以下、生産牧場の視点から見た「走りの起点」について詳述していく。

馬が「走る」以前に始まっている準備

競走馬の「走る」能力は、実は母馬のお腹の中にいる時点から始まっている。
胎児期の栄養状態や母馬のストレスレベルは、生まれてくる子馬の筋肉の質や神経系の発達に大きな影響を与える。
特に妊娠後期の栄養管理は、子馬の骨格形成と筋肉の初期発達に直結するため、生産牧場では母馬の餌の質と量に細心の注意を払っている。

出生後1週間から始まる初期の「立ち振る舞い」訓練も、将来の走りに大きく影響する。
この時期に人間との関わりを通じて形成される信頼関係は、後の調教受容性に直結するのだ。
私が北海道の牧場で見てきた経験則では、生後3ヶ月までの人馬関係が、その後の調教適性の約40%を決定するといっても過言ではない。

日高の風土が育む馬の性格と筋肉質

北海道日高地方の特徴的な気候風土は、そこで育つ馬の気質や筋肉の質に独特の特徴をもたらす。
冬の厳しい寒さと夏の比較的涼しい気候は、馬の被毛の生え変わりと体温調節機能に影響し、結果として筋肉の発達パターンにも差が生じる。
特に標高の高い牧場で育った馬は、低酸素環境への適応として赤血球数が増加し、持久力の基礎が培われる傾向がある。

日高の牧場によって異なる土壌の硬さも、蹄の発達と下肢の強度に違いをもたらす。
例えば、新冠や静内の砂質の牧場で育った馬は、蹄の形成が均一で衝撃吸収能力に優れる傾向にある。
一方、浦河や様似の粘土質が多い牧場の馬は、硬い地面に対応するために蹄壁が発達し、道悪適性を高める素地ができることが多い。

調教助手の視点から見た若駒の個体差

私が調教助手として接してきた若駒たちには、明確な個体差があった。
同じ血統の兄弟であっても、調教への反応や学習能力に大きな差が見られることは珍しくない。
特に「賢さ」と言われるものは、単純な従順さではなく、「状況に応じた適応能力」として表れる。

若駒の段階で注目すべきポイントは以下の3点だ。

1. 刺激への反応と回復速度

  • 初めての刺激に対する反応の強さ
  • 驚いた後の心拍数の回復時間
  • 繰り返し刺激に対する慣れの早さ

2. 運動習得の速度と正確さ

  • 常歩から速歩、駆歩への移行のスムーズさ
  • コーナリング時の体勢制御能力
  • 指示に対する理解と実行の正確性

3. 社会性と協調性

  • 他馬との関係構築パターン
  • 人間に対する信頼関係の構築度
  • ストレス下での集団行動能力

これらの特性は、若馬の将来性を占う重要な指標となる。
特に競走馬として重要なのは、刺激に対する反応の適切さと、エネルギー配分の巧みさであり、この二つの素養が将来のレースでの勝負どころの判断力につながっていく。

トレセンが仕上げる”実戦仕様”の馬体と気性

美浦と栗東、二つのトレーニングセンターは競走馬の最終的な仕上げの場として機能している。
生産牧場から送り出された若駒がここで実戦仕様へと変貌を遂げる。
トレセンでの調教は、馬の持つポテンシャルを最大限に引き出すための専門的なプロセスであり、ここでの変化は競走馬の能力を大きく左右する。
それでは、美浦と栗東、それぞれの特徴とアプローチの違いを見ていこう。

美浦と栗東、調教スタイルの違い

美浦トレーニングセンターと栗東トレーニングセンターでは、立地条件の違いから調教スタイルにも明確な差異が生じている。
美浦は関東平野の平坦な地形に位置し、広々とした直線コースを活かした調教が特徴的だ。
一方の栗東は、琵琶湖の西側の丘陵地帯に位置し、高低差のあるコースでの調教が可能となっている。

美浦トレセンでは、砂のウッドチップコースでのスピード調教が多く、直線での加速能力や持続力を養う傾向がある。
対して栗東トレセンでは、坂路コースを使った筋力強化型の調教が主流で、心肺機能と下肢の強化に重点が置かれる。

この違いは、実際のレース結果にも反映される傾向がある:

美浦トレセン調教馬の特徴栗東トレセン調教馬の特徴
得意距離短~中距離に強み中~長距離に適性が高い
脚質先行~逃げ馬が多い差し~追込馬の割合が高い
馬場適性良馬場での活躍が目立つ道悪適性を持つ馬が多い
レース運びスピードタイプが多いスタミナタイプが多い

調教師と厩務員による最終チューニング

トレセンでは、調教師の哲学と厩務員の日常的なケアが融合して、競走馬の最終チューニングが行われる。
調教師は馬の調子や気性を見極めながら、週間・月間の調教メニューを組み立てる。
一方、厩務員は日々の馬の変化を細かく観察し、飼料の調整や手入れの細部に至るまで気を配る。

この二者の連携が取れているかどうかが、馬の仕上がりに大きく影響する。
優れた調教師は単に自分の哲学を押し付けるのではなく、厩務員からの細かな情報をもとに調教プランを柔軟に修正できる人物だ。
特に多くの馬を管理する大きな厩舎では、この情報連携の質が勝率を左右することも珍しくない。

「馬は毎日変わる生き物です。昨日と今日で違うし、朝と昼でも違う。その微妙な変化を捉えられるかどうかが、調教の成否を分けるんです」(JRA所属・匿名の調教師)

調教時計・追い切り映像から何が読めるか

競馬ファンやハンディキャッパーが注目する調教時計や追い切り映像には、馬の状態を読み解くための重要な情報が含まれている。
しかし、単純に時計の速さだけで評価するのは危険だ。
真に重要なのは、以下の要素を総合的に判断することである。

1. 時計の取り方とラップ構成

  • 前半と後半のバランス
  • ラスト1ハロンの伸び率
  • 全体を通した走りのリズム

2. 馬体の動きと余力

  • 手前の付き方の安定性
  • 首の運び方と柔軟性
  • ゴール後の余力と息遣い

3. 騎乗者の扱いと反応

  • 騎乗者がどの程度扱っているか
  • 指示に対する馬の反応の良さ
  • 追われたときの伸びしろ

私が注目するのは、単なる速い時計よりも「楽に速い時計」を出せているかどうかだ。
特に、重賞級の調教では、騎乗者が抑えているにもかかわらず好時計が出ている場合に要注意である。
そうした馬は本番でさらなるパフォーマンス向上が期待できる。

このように調教時計や追い切り映像を読み解く視点は、予想の精度を高める上で非常に重要である。
一般的な予想情報とは異なる視点から分析している「よく当たると噂の、競馬セブン(七騎の会)のポリシーって本当?」などのサービスも参考になるだろう。
私自身、長年の現場経験から培った独自の視点を持っているが、異なる角度からの分析に触れることで、自分の予想の盲点に気づくこともある。
特に調教評価の方法論は多様であり、複数の情報源を比較検討することで、より立体的な予想が可能になる。

馬の成長過程に見る”気性”と”学習”の交差点

競走馬の成長過程において、気性と学習能力はまさに交差点のように互いに影響し合っている。
私がかつて出会ったある馬の例を挙げよう。
日高の牧場で生まれた一頭の牡馬は、当初非常に神経質で人を寄せ付けなかった。
しかし、根気強い接し方と環境の調整によって、その気性は徐々に競走に適した「集中力」へと変化していった。
この馬は後に大型重賞を制することになるのだが、その背景には気性と学習の絶妙な交差があった。

調教と競走の連続性:馬は記憶する動物である

競走馬は非常に記憶力の高い動物であり、調教での経験がそのまま実戦での行動に反映される。
例えば、調教で常に他馬を追い抜く経験をした馬は、レース中でも他馬を捉えたときに加速する傾向が強くなる。
反対に、調教で常に単走で追い切られてきた馬は、レース中に集団の中で走ることに不慣れで、位置取りに苦労することがある。

私が美浦トレセンで見た印象的な例がある。
デビュー前の若馬に対し、意図的に併走馬をつけて「競り合い」の経験を積ませる調教師がいた。
この調教師の管理馬は初戦から抜群の競り合い強さを見せることが多く、特に新馬戦での勝率が高かった。
これは馬の記憶と学習に基づいた効果的な調教法の好例と言える。

こうした記憶の蓄積は、馬のキャリアを通じて積み重なっていく。
特に「勝つ経験」や「負ける経験」は、馬の自信や闘争心に大きく影響する。
3歳春に連勝したのち夏場に大敗した馬が、秋以降なかなか調子を戻せないというパターンはこうした心理的要因も関係している。

環境変化による適応力とメンタルケア

競走馬は環境の変化に敏感に反応する動物だ。
牧場からトレセンへ、トレセンから競馬場へといった環境の変化は、馬にとって大きなストレス要因になりうる。
このストレスにどう適応するかが、馬の競走能力の発揮に大きく関わってくる。

適応力の高い馬は、新しい環境でもすぐに平常心を取り戻し、本来の能力を発揮できる。
一方、適応に時間がかかる馬は、初めての競馬場や初めての長距離輸送後のレースで実力を出し切れないことが多い。

実際の例として、初めての遠征で著しく能力を発揮できなかった名馬たちは少なくない。
こうした馬には、次回の遠征前に以下のようなメンタルケアが効果的である:

  • 出発前の馴致トレーニング(輸送箱への出入りの練習)
  • 輸送中のストレス軽減策(馴染みの厩務員の同行など)
  • 到着後の環境適応期間の確保
  • 場内で他馬と一緒に追い切るなどの現地調整

私が関わった馬の中には、初遠征では全く走れなかったものの、二度目からは驚くほど順応して好成績を収めた例もある。
これは上記のようなメンタルケアが奏功した結果と言えるだろう。

気性の「荒さ」が武器になるとき

一般的に「気性が荒い」と評される馬は、扱いにくく調教が難しいというネガティブなイメージがある。
しかし、この「荒さ」が競走能力と結びついて武器になるケースも少なくない。
特に以下のような場合は、気性の荒さがプラスに作用することがある。

特定条件下での気性の荒さの活かし方

重賞級の馬に多いのが、普段は大人しいのに「レース当日だけ気合が入る」タイプだ。
これは「レースを理解している」証拠でもあり、高い知性の表れとも言える。
実際、引退してからブリーダーズカップなどの国際G1を勝った名馬の多くは、レース当日に明らかな気性の変化を見せる「賢い」馬だった。

また、気性の荒さが特定の脚質と結びついている例も興味深い。
逃げ馬として活躍した馬の中には、スタート前から気合が入りすぎて暴れるタイプが多い。
しかしその「暴れ」がゲートインするとスタートダッシュのエネルギーに変換され、好スタートにつながるのだ。

血統が語る”背景”と”可能性”

血統は競走馬の可能性を予測する上で欠かせない要素である。
しかし単に有名な父母の名前を追うだけでは、その真価は理解できない。
血統が持つ「意味」を読み解くことで、馬の潜在能力や適性が見えてくる。
私の20年以上の取材と独自のデータベース構築から導き出された血統の意味合いについて、詳細に分析していきたい。

繁殖牝馬の気性と走りの遺伝

競走馬の気質や走法は、意外にも父系よりも母系からの影響が強いことがデータからも明らかになっている。
特に繁殖牝馬自身の気性や走りのクセは、驚くほど高い確率で子孫に受け継がれる。
これは母馬がDNAだけでなく、子育ての過程で行動様式を「教える」側面もあるからだ。

私が北海道の牧場で観察した事例では、母馬の「立ち居振る舞い」や「採食スタイル」が子馬に受け継がれることが多かった。
例えば、群れの中でいつも先頭に立つ強気の母馬からは、逃げ・先行タイプの子馬が生まれる傾向が強い。
逆に、慎重に周囲を観察してから行動する母馬からは、差し・追込タイプが生まれやすい。

興味深いことに、この傾向は母系を辿って3〜4代にわたって影響することがある。
現役時代に大逃げを得意とした牝馬の孫や曾孫にも、同様の走りが受け継がれるケースを何度も目にしてきた。
だからこそ、血統を評価する際は父系だけでなく、母系の「走りの特徴」にも注目することが重要なのだ。

欧州型と日本型の育成思想の違い

血統評価において見落とされがちなのが、その馬の血統背景にある「育成思想」の違いだ。
欧州型と日本型では、競走馬育成に対する基本的な考え方が大きく異なる。

欧州型の育成思想は「時間をかけて完成させる」ことを重視し、以下の特徴がある:

  • 2歳時の出走回数を最小限に抑える
  • 成長曲線を緩やかに設定し、4〜5歳で完成形に
  • 早熟化よりも晩成性と持久力を重視
  • 自然環境を活かした調教(起伏のある放牧地など)

一方、日本型の育成思想は「早期完成と即効性」を重視する:

  • 2歳時から積極的にレースを使う
  • 3歳春のクラシック路線に照準を合わせる
  • 早熟性とスピードを重視
  • 管理された環境での科学的調教

これらの違いは、血統の「活かし方」にも影響する。
例えば、欧州血統の強い馬を日本型の早期完成路線で調教すると、潜在能力を発揮する前に消耗してしまうことがある。
反対に、日本の早熟血統を欧州型のゆっくりとした育成で調教すると、「旬」を逃してしまう可能性もある。

長距離で輝く血、クラシックで問われる資質

競走距離と血統の関係は、競馬予想において最も重要な要素の一つだ。
特に長距離適性とクラシック適性については、血統から読み取れる部分が大きい。

長距離(2400m以上)で輝く馬の血統には、以下の特徴が見られる:

  • 父または母の父に欧州のステイヤー系統が含まれる
  • 母系に3000m以上のレースの勝ち馬がいる
  • 特定の血統(Sadler’s Wells系、Monsun系など)の影響力が強い
  • 5代血統表に同一祖先の重複(インブリード)が少ない

一方、クラシックで問われる資質は単なる距離適性だけではない。
クラシックレースでは、「成長期の馬の潜在能力」が試されるため、以下の要素も重要になる:

  • 早熟と晩成のバランスの取れた血統
  • ストレス耐性の高さを示す過去の実績(母系の重賞勝ち馬数など)
  • 気性の安定性を示す血統要素
  • 柔軟な走法を可能にする体型の遺伝的傾向

これらの要素を総合的に判断することで、特定の馬がどのような舞台で最も能力を発揮するかを予測することができる。
特に私が注目するのは、「母系の隠れた実力」だ。
表面的な成績よりも、その馬の兄弟姉妹の走りの特徴や、母系の産駒全体の距離適性傾向を分析することで、より正確な予測が可能になる。

走る背景にある”調教哲学”の変遷

競走馬の調教方法は、時代とともに大きく変化してきた。
かつての「経験則」に基づく調教から、現在の「データと科学」に基づく調教へと移り変わる過程で、馬の「走る」能力の引き出し方も変化している。
この変遷を理解することで、現代の競走馬がどのような背景の中で走っているのかが見えてくる。
以下では、調教哲学の変遷とその影響について解説していく。

昔の調教、今の調教

「昔の調教は『馬を鍛える』ものだった。今の調教は『馬の能力を引き出す』ものだ」

これは、40年以上調教師を務めるベテランの言葉だが、この変化は調教哲学の根本的な転換を表している。

昔の調教の特徴:

  • 厳しい追い切りによる「鍛錬」を重視
  • 長時間の調教による持久力の向上
  • 経験と勘に基づいた調教メニュー
  • 競走馬としての「根性」を育てる姿勢

今の調教の特徴:

  • 短時間で効率的な「質」の高い調教
  • データに基づいた個別最適化
  • 心肺機能と筋力のバランス重視
  • メンタル面も含めた総合的なコンディショニング

この変化の背景には、競馬の国際化や獣医学の進歩、トレーニング理論の発展がある。
特に1990年代以降、欧米の先進的なトレーニング手法が日本に導入されたことで、調教の考え方は大きく変わった。

科学と感性のバランス

現代の調教師たちは、科学的データと感性的判断の両方を駆使している。
GPS機器やウェアラブルデバイスによる心拍数・体温・運動量の測定、血液検査データの活用など、科学的なアプローチが浸透してきた。

しかし、最終的な調教判断には依然として「人間の感性」が重要な役割を果たしている。
例えば以下のような判断は、データだけでは難しい:

  • 馬の表情や目の輝きから読み取る調子の良さ
  • 歩様の微妙な変化から察知する疲労度
  • 馬場状態と馬の適性を瞬時に結びつける判断力
  • レース当日の馬の気分や集中度の見極め

最も成功している調教師たちは、こうした科学と感性のバランスを絶妙に取りながら、馬の能力を最大限に引き出している。
データだけに頼りすぎず、かといって経験則だけに固執せず、両者を柔軟に組み合わせる姿勢が重要なのだ。

生産とトレセンのあいだにある”共鳴”

近年注目されているのが、生産牧場とトレセンの「共鳴」関係だ。
かつては「生産は生産、調教は調教」と分断されていた二つの世界が、情報共有と連携を強める流れにある。

この共鳴の具体例として、以下のような取り組みがある:

❶生産牧場での事前調教データのトレセンへの共有

    • 若馬の気性の特徴レポート
    • ブレーキング(馬付け)時の反応記録
    • トラックワーク初期の適性評価

    ❷トレセンからの育成へのフィードバック

      • レースでの走りの特徴を生産側に伝達
      • 次の産駒育成への具体的なアドバイス
      • 同血統馬の調教過程での共通点の分析

      ❸共同研究や人材交流

        • 牧場スタッフとトレセンスタッフの相互訪問
        • 若手調教助手の生産牧場での研修制度
        • 繁殖・育成・調教を貫く一貫したデータベースの構築

        この共鳴によって、馬の「走る背景」の全体像が把握しやすくなり、一頭一頭の馬に最適な調教法を選択する幅が広がっている。
        特に血統背景と調教適性の関連についての知見が蓄積されつつあることは、競馬の進化という観点から非常に重要だ。

        まとめ

        競走馬が「走る」という行為の背後には、生産牧場からトレセンに至るまでの長い準備過程がある。
        馬は母馬のお腹の中にいる時点から走るための準備を始め、生産牧場での育成を経て、トレセンでの専門的な調教によって完成に近づく。
        この一連のプロセスは、単なる時間経過ではなく、馬の個性や血統的背景、そして人間の哲学が交錯する複雑な営みなのだ。

        生産牧場は「走り」の起点として、馬の基礎体力と気質を形成する。
        日高の風土に育まれた馬たちは、その地域特有の筋肉質と性格を持って育つ。
        一方、トレセンでは美浦と栗東という異なる環境で、それぞれの特性に合わせた調教が施される。
        こうした「生産とトレセンの連携」が、一頭の競走馬の真の実力を決定づけていく。

        馬の成長過程では、気性と学習能力が互いに影響し合いながら発達していく。
        調教での経験が実戦での行動に直結し、環境変化への適応力が競走能力の発揮に大きく関わる。
        時に荒い気性が武器になることもあるが、それは適切な「調教哲学」によって導かれた場合に限られる。

        血統は馬の可能性を示す重要な指標だが、その真価は単なる名前の連なりではなく、背後にある育成思想や母系の特性にある。
        欧州型と日本型の育成思想の違いを理解し、それぞれの血統が持つ長距離適性やクラシック適性を見極めることが、競馬の洞察を深める鍵となる。

        調教哲学も時代とともに変化し、かつての「鍛える」調教から、現代の「引き出す」調教へと変遷してきた。
        科学と感性のバランスを取りながら、生産とトレセンの共鳴関係を構築することで、馬の持つ潜在能力をより引き出せるようになっている。

        最後に、競馬を「洞察」する視点から言えば、単に数字やデータだけを追うのではなく、馬が「走る背景」を理解することが真の予想力につながる。
        確率や統計は重要だが、それ以上に馬一頭一頭の生い立ちや性格、調教過程を読み解くことで、レースの本質に迫ることができるのだ。

        生産と育成、そして調教──この三位一体の視点から競走馬を見つめることで、競馬はより奥深く、より魅力的な世界として私たちの前に広がっていく。